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「暇」という空白と私


「暇だと食べてしまう」
「暇だと飲んでしまう」

私は後者のタイプです。

時間がぽっかり空くと、つい飲んでしまう。
それを何度も繰り返してきました。

最初は単純に「意志が弱いのかな」と思っていました。

でも、気になって調べたり、自分を観察したりするうちに、少し見え方が変わってきました。
本当に“暇”だったのか、と。

暇というより、

空白が落ち着かない。
静かすぎる時間がそわそわする。
何もしていない自分に、どこか居心地の悪さを感じる。

そんな感覚の方が近かった気がします。


飲むというスイッチ

飲むとどうなるか。

味の刺激が入る。
身体が少しゆるむ。
考えすぎていた思考が、ぼやける。

一瞬で、状態が変わる。

つまり私は、暇を埋めていたというより、
“空白をやり過ごすためのスイッチ”として飲んでいたのだと思います。

食べてしまう人も、きっと似ている部分があるのではないでしょうか。

退屈だから、ではなく、
何かを感じたくないから。

何かが浮いてくる前に、口に入れてしまう。

不安、孤独、将来のこと、自己否定。
暇になると、そういうものは静かに浮いてきます。


脳にとって優秀な対処法

食べることも、飲むことも、とても手軽で、すぐに効く方法です。

合法で、簡単で、即効性がある。

脳にとっては、とても優秀な対処法です。
だから選ばれているだけで、決して弱いわけでも、だらしないわけでもない。

私はそう思うようになりました。

ただ、ひとつだけ感じているのは、
「それしかない状態」は少し苦しい、ということです。

満たし方が「食べる」か「飲む」しかないと、空白が怖くなる。
「暇=摂取」という回路ができあがる。

でも本当は、暇は自分と向き合う時間でもある。

そこに慣れていないだけなのかもしれません。


少しずつ立ち止まる

少しずつ立ち止まる

これは専門家の意見ではなく、あくまで私なりの解釈です。

もし「暇だと食べてしまう」「飲んでしまう」と感じている方がいたら。

それは意志の弱さではなく、
何かをうまくやり過ごそうとしている証かもしれないと、私は感じています。


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